3172faa9de4cbd75b95a1bb492c086b1_sもう二月も終わり、三月である。この時期になると様々な会社が新人を迎える準備をする。そして、準備の中でも特に、コストも掛かり、社員も多くの時間を使うのが、「新人研修」である。

 多くの新卒の方々は、「新人研修」というものは「あって当たり前」と思うだろう。

しかし、実際には会社には大きな負担なのだ。外部の研修機関に依頼するのにも大きなお金がかかるし、社内で賄うにしても、先輩社員の時間をかなり割かなくてはならない。

 

 しかも、研修の成果というものはすぐに出るものではない。多大なコストと2年、3年という多大な時間をかけ、ようやく新人は一人前になり、会社に貢献することができるようになる。

 私も上のように書いているが、それに気づいたのは会社に入ってかなりの時間を経た後だ。そして、その話をしてくれた一人の経営者の話を思い出す。

 

 その会社は30人ばかりの、システム開発を行っている会社だった。

社長は腕一本で稼いできたエンジニア、自分一人でやっていくつもりだったが、古巣から社長を慕ってきた人々と一緒にやっていくうちに、会社の形になったとのことだった。

私は、社長が新卒を1人採用したと聞き、様子をうかがいに訪問したのだった。

 

 「社長、ご無沙汰しております。新卒を1名、採用されたそうですね。」

「そうなんです。これから少し忙しくなりますよ」

「それにしても、新卒を採用なさるなんて、思い切りましたね」

「そうですね、ウチは30人しかいないですからね。」

「なぜ、新卒を採用しようと思ったのですか?」

「そうですね…、変な言い方ですが、昔、裏切られたからですかね。」

「…どのような意味でしょうか?」

 

社長はしばらく考えていたが、口を開いた。

「昔、新卒を1度だけ採用したことがあったんですよ。会社もまだまだ立ち上げ時でね。ウチは中途の即戦力しか採用しない、と言ったんですが…」

「…はい。」

「彼がどうしてもウチで働きたい、と言ってね。当時のウチは調子も良かったし、自社プロダクトの開発が上手くいっていて、私も「そろそろ新卒を」と思っていたのもあって、結局採用したんですよ。」

「新卒を採用したかった、という社長、多いですよね。」

「私もそうでした。正直に言えば、私は嬉しかったんですよ。新卒に入ってもらえるような会社になったんだ、と。」

「…」

「それで、我々は初めて入ってもらった新卒を、懸命に育てたんです。でもね…。私の力不足で、その年から会社の調子がだんだん悪くなってきてね…。それでも彼には最高の環境を与えようと、我々なりに頑張ったんですよ。でもね、3年経って、これからっていうときに、彼はウチを去ったんです。」

「そうだったんですか…。」

「そりゃあ、恨みましたとも。これから会社を皆で立てなおそう、っていうときに、会社を辞めたいって言われた時にはね。裏切られた、って思いました。」

「そんなことがあったのに、なぜ新卒採用を再開したんですか?」

「いや、その後彼から連絡があって、社長のお陰で、今めちゃくちゃ活躍できてますって、言われたんですよ。…そしたら、なんか恨みとかどうでも良くなってしまってね。なんか、自分が恥ずかしくなってしまいまして。」

「そうだったんですか。」

「ええ、寧ろうちの会社で人を育てて、社会に送り出した、っていうことが、誇らしく思えてきまして。今の世の中、定年まで勤めあげる人なんてほとんどいないでしょう。いずれみんな、ウチを去っていくはずです。だから、ひとときでも一緒に働けたことを感謝しようと思いましてね。」

「…」

「思えば、彼が会社にいたときは会社は活性化してましたよ。やっぱり、みんな先輩ヅラしたいんでしょうね。ですから、1名だけでも新卒を採用しようと思ったんです。」

 

 

「スタートアップや中小企業が、新卒を取る意味なんてかけらもない」と仰る経営者や評論家の方々も数多くいる。

だが、私は効率だけでは測れないものがあると、信じている。

 

 

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