ある中堅の保険代理店に一人の営業がいた。彼はいい人だったが、残念ながら締め切りを守ることが絶望的に苦手だった。どうしても「やらなければならないこと」を先送りしてしまう。そして、ギリギリまでやらない。
そんなことをしていれば、必ず仕事は遅れる。だからつい先日も見積書の提出期限を守らず、顧客から叱責された。
「あれどうなった?」と人にせっつかれて、ようやく腰を上げる。いや、上がらない時もある。そんな人間だった。
自分が締め切りを守ることが苦手であることを彼は認識している。
上司や同僚からの依頼をきちんと遂行できる時もあるのだが、残念ながら大体において「アテにならない」「仕事が遅い」というレッテルを貼られていた。
もちろん、かれは今までに悪いクセを直そうと頑張ったことがあった。様々なビジネス書を買って試したこともあった。
タスクリストを作ってみた。
締め切りを設けてみた。
ご褒美を設定してみた。
けど、期日までにできないことには変わりがなかった。
タスクリストは作っただけで満足してしまった。
締め切りは罪悪感が増えるばかり。一日中たりとも守ったことがない。
ご褒美に至っては、何一つやらずもご褒美だけはもらってしまう。
彼は自己嫌悪に陥った。そして誰もかれのことをアテにしなかった。適当な仕事をあてがい、そこにいないものとして扱われた。
かれは職場でそのような扱いを受けることが不当であるとは感じなかったが、寂しさは一杯だった。
そんな時、ある人が中途採用入社した。前職は某代理店の営業だったとのこと。
暫くして、たまたま宴会で隣に座る機会があった。黙っているのも失礼だろう、ということで、彼は話しかけた。
「こんにちは、もうこの会社に慣れましたか。」
「そうですね、もうすっかり。」
「噂は聞いていますよ。だいぶ活躍しているみたいですね。」
「そんなことはないですよ。淡々とやるだけです。」
淡々とやるだけ、それがいかに難しいかは彼もよく知っている。
「前職でもかなり成績優秀だったとか」
彼は会話を続けるために、とりあえず世辞を言った。
「そんな褒めないでくださいよ。……もう長いんですか、この会社。」
「もう7,8年になりますかね。」
当たり障りなく接していたが、なんでオレはこいつに世辞を言っているんだ、とふと我に返り
「淡々とやれる人がホント、羨ましいですよ。」
と言った。
「すみません。なんかヘンに気を遣わせてしまって。本当にそんな大したものじゃなくて、私も前の会社でグズだノロマだっていわれてました。なので…」
「ホントですか?」
「本当です。ダメダメでした。色々と工夫して、なんとか成果があがるようになったんですよ」
「工夫というと?」
彼は目の前の人物に俄然興味が湧いてきた。
「人に話すような内容じゃないんですが……。」
「いいからいいから。」
「わかりました。でもこれは個人的な体験ですから、成果は保証しませんよ。」
「大丈夫だって。」
目の前のビールを呑み、中途の彼は言った。
「そもそもの問題意識は、「自分はなぜ、締め切りが守れないのか」でした。やらなきゃダメなのにヤル気がわかない。できない。私は自分がダメな人間だから出来ないんだ、って思ってたんです。
意志が弱いから、やる気が無いから、そういう風に思って、諦めてました。」
「同じだ。」と彼は同意した。
「皆そうですよね。でも当時の上司が言ったんです。「意識の問題ではない。やり方の問題だ」と。
意識に頼っているうちは、一流にはなれないとも言われました。だから、意識に頼るのをやめて、目の前の仕事が手につかない理由を知って、それを解決することにしました。原因を見つめないと、問題は解決しないんです。
そこで「なぜ自分は面倒臭がってるのか」を明確にしたんです。そうすると、あらゆるシーンで、面倒くさいと思う理由は4つに集約されました。
1つ目は単純に疲れているので手につかない。
2つ目は作業に飽きている
3つ目は他のことで気が散ってしまう。
4つ目は仕事をどう始めてよいかわからない。
他にもあるかもしれませんが、私は4つでした。」
彼は自分の仕事を思い返した。
今手を付けていない仕事は大体3か4だ。ああ、昨日は見積もりを作ろうとして、思わずネットを見ていたら、それで一日終わったな…。
「現状を見て、原因がわかれば対処はできます。1つ目への対処は簡単でした。睡眠不足だったら夜早く寝る。昼過ぎに眠かったら仮眠をとったり体操したりする。」
「体操なんて効果あるの?」
「仮眠できる環境がないときは体操がいいですよ。工場などでは午後3時になるとラジオ体操するところもあります。集中力を保つためです」
「へえ。」
「2つ目も単純です。「ああ、この作業に飽きてるな」という時は、場所を変えるのが最も効果的でした。
図書館、カフェ、会社内にフリースペースがあったら、そこで仕事するのも悪くないです。個人的には、使われていない会議室と、公園のベンチがお気に入りでした。」
「ああ、それは私もわかるな。」
「3つ目、気が散らないようにするためには誘惑を断ち切る必要があります。」
「ま、そりゃそうだが」
「誘惑の源泉は、ネットの巡回、メール、スマホですね。これはやりだすと止まりません。」
「なので、作業を始めるときはこれらを触らないようにします。回線を切ったり、通知を止めたり。スマホは鞄の中にしまいます。」
「そこまでやりますか」
「私はそうしないと、ついつい、まとめサイトやTwitterを見てしまうので。」
「あー、思い当たるわ。」
「最後の4つ目は厄介です。1から3の状況をすべて整えても、「わからない」「乗らない」という気持ちにはなかなか勝てません。」
「これってどうしたら良いの?」
「やってみて一番効果的だったのは、「外堀を埋める」ことです」
「なにそれ?」
「徳川家康が豊臣家を滅ぼした大阪の陣って、歴史でやりましたよね。憶えてます?」
「なんとなく。」
「徳川家康は、大阪城を一度で落とそうとせず、一回戦って講和し、その条件として城の堀を埋めました。その後はご存知のとおりです。堀を埋められた大阪城は次の戦いで落ちました。」
「つまり?」
「つまり、まわりのできそうなところから順番にやっていく、ということです。例えば提案書を作るという作業だったら、表紙や、社名を入れる、みたいな考えなくてもできるところからやるんです。」
「なるほどね。できそうなところからね。でも、難しい作業だけ残ったら?提案書はどこから手を付けなきゃわかんないから、一番面倒なんだよね。」
「前例を探します。」
「?」
「自分で考えてもラチがあかないので、前例を探すか、人に聞きます。」
「まあ、そうだよな」
「とりあえずコピペしてしまって、それをなおすほうが楽ですし、はかどりますよ。自分で考えるなんて、先送りグセのある人には絶対お薦めしません。」
「それって怒られない?」
「締め切りを守らないほうが、もっと怒られますよ。
大学の宿題はコピペが怒られたかもしれませんが、ビジネスはコピペ+ちょっとのオリジナリティで十分です。色気を出そうとするから、仕事が進まないんです。
私はいつも、自分で考えるな、自分で考えるな、って思うようにしてます。」
「なるほどね。」
「要するに、先送り癖を無くすというのは、どうやって意志力に頼らないか、が全てなんです。
とことん、自分の意識のせいにしない。眠いから、場所が悪いから、誘惑が多いから、やり方がわからないから。すべて周りのせいです。自分を機械だと思うんです。
そういったものを全て一つ一つなくせば、自然と仕事ができるようになります。」
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