彼は悩んでいた。仕事がうまく行かず、同期が活躍するのを横目で見ながら、強く嫉妬していた。

「なぜ仕事がうまくいかないのか」

「なぜ私を認めないのか」

そういった負の感情が彼の中を巡る。頭ではわかっている。何も実績をあげていないからだ。

だが、彼はこうも思う。

良い仕事さえあれば、たちまち実績を上げてみせるのに……。

「私は間違いなくできる人間であるはずだ。」彼はそう信じて疑わなかったが、現実はそれとは正反対の事実を突きつける。

 

 

彼はサークルのコネクションを使い、大学卒業後にある有名企業にさしたる苦労もなく入社した。内定先を友達に言うたびに、それを誇らしく感じたものだ。

だが、新人研修を終えて配属された部署は彼の希望とは全く異なるものだった。

「何かの間違いでは」

人事にその配属について掛け合ったが、もちろん取り合ってもらえるわけもなく、彼は初めての挫折感を味わった。

 

そのような状況では当然、成果があがるわけもない。彼は入社3年ほどですっかり「部署のお荷物」と化していた。より正確に言えば、「ヤル気のないヤツ」とみなされ、適当な仕事をあてがわれているだけ、という状態だ。

 

彼は「やりがいのない仕事を与える会社が悪いのだ」と考え、転職活動をしてみたこともある。

が、転職エージェントに言われたのは

「今の状態では、確実に年収が下がります。会社のせいにするのではなく、自分をもう一度振り返ってみてはどうですか」

という冷たい一言だった。

「それでもいいので」

と頼んで数社面接を受けてみたものの、どの会社にも丁重に断られた。自分の市場価値の無さに直面し、彼は愕然とした。

 

 

そんな時、彼は学生時代の旧友と偶然、知人の結婚式の2次会で再会した。

「よお」と声をかけると

向こうも「おお、元気か?」と、屈託なく返事をする。

 

そういえば、旧友の就職先ははっきり言って平凡…というよりも、聞いたことのない会社だった。

友人は「よくあるITのスタートアップだよ」と言っていたが、不安定な中小企業、それも10数名の会社に就職するなんて、どうかしてる。

だから、彼は旧友に対する密かな優越感を持っていた。

 

 

近況をお互い報告するうちに、話は自然に仕事の話となった。

「今何やってんの?」と彼は聞く。

「いまは◯◯っていうアプリのマーケティングをやっているよ」

と友人は言う。

◯◯といえば、最近自社で導入されたソフトウェアだ。 

「あれはお前がやってるの?」

「お、知っててくれたんだ。」

「ウチで使ってるよ。webの特集でも見た。」

「最近は媒体への露出を増やそうと頑張ってるからな。そうか、見てくれてたんだ。」

 

彼は悔しかった。小馬鹿にしていた旧友が、こんな面白そうな仕事をしているなんて……。

 

「お前は何やってんの?」

「い、いや相変わらずだよ」

「そうか、大企業だもんな。そりゃウチみたいにコロコロ変わったりしないよな。」

「ま、まあな」

 

流石に「仕事に不満で、転職活動もしている」とは言えない。

だが、彼は友人がどうやって今の仕事を見つけたのかに興味があったので、どうしてもそれを聞き出したかった。

 

「なあ」

「何?」

「今のお前の仕事、どうやって見つけたんだよ?」

「どうやってって……就職活動したの知ってるだろう?お前だって同じだろう?」

「いやそうじゃなくて、マーケティングなんて、面白いだろうなと思って。オレも配属希望出したんだけど、希望が通らなかったんだよね。」

 

「まあ、大企業はな。でもオレだって希望通りとは程遠いけどな。実は媒体への露出をやらせてくれ、結構昔から言ってたんだけど、全然やらせてもらえなくて。

最初は顧客開拓のためテレアポまでやってたんだぜ。嫌で仕方なかったよ。でもまあ、やってみてよかったよ。結果的にはテレアポも全然無駄じゃなかったから。」

「なんで?」

「メディアは大手になるほど実績がないと取り上げてもらえないから、まずテレアポでそれなりにお客さんを増やして、それからメディアにもテレアポして、露出が増えたんだ。」

 「ふーん……、よく腐らなかったな」

 「腐りかけた時もあったけど、ウチの社長に言われたんだ。「お前の大した事ない経験で、何がわかる」って。確かに何もわかってなかったな。

ま、目の前の仕事で実績を作った人だけが、やりたい仕事ができる、ってのは真実だな。」

 

 

……そうか。オレはやりたい仕事をやれば、成果が出せると思っていた…。逆なのか。

 彼は、結婚式の帰り道に思う。

彼はいつの間にか「どうやって目の前の仕事で成果を出すか」を考えるようになっていた。

 

 

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nicolas stefanni