少し前の記事で、「きちんと研究をしている人は論理を知っているので有能」と述べた。(大学で「きちんと」研究をしていた人が企業でも有能な理由。)
でも、間違えてはいけないのは「論理的である」というだけで即、有能とはいえないということだ。むしろ、「論理」を武器として振りかざすようになると、その人は確実に「ダメな奴」に分類されるようになる。
論理というのは、自らの考え方の妥当性を検証する目的、あるいは普遍的な法則性を検証するには非常に有用なツールであるが、こと「人を説得する」ということには全く向いていない。
たとえば先程の記事で上げた例
「東大生である、ということと、その家庭が裕福である、ということに相関がある、しかし、因果は証明されていない」
という話を、「お金持ちの家はお金があるので子供の成績が良くなる」と信じている人に向かって話しても、おそらく聞き入れてもらえないのではないだろうか。
その人達が話をしたいのは「論理的な正しさ」ではなく、多くの場合「私が問題だと思うことの解決」であるからだ。
しかし、相手が論理を重視しない、というだけの理由で「お前はバカだ」と切って捨てるのもまた愚者の行いであることは言うまでもない。
論理は所詮、人間がつかうことのできるツールの一つであり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。
「できる人」と言うのはもう少し踏み込んだ解決法を採る。
彼はまず複数の意見の中で最も論理的に説明のつく意見を支持する。データとの整合性、矛盾の有無、これまでに得られた知見などを使い、理性的に判断を下す。
そして自分の足場をまず固めるのである。
そして、そこから反対意見の吟味に移行する。
「なぜ、反対意見を主張する人々は、その立場を採るのか」
「反対意見を主張する人々の真の狙いはなにか」
「反対の意見が正しいとした時、そこから得られるものはなにか」
「論理的に正しくとも、道徳的、感情的に許されないことはないのか」
それらを総合的に考えた上で、「彼を説得するには何が有効か」を探るのである。時には「説得は不可能であるから、彼を回避する方法を考えよう」という結論になるかもしれない。
実際、「論理によって立場を築き、論理以外の方法でも人を動かすことができる」のができる人だ。
彼は「どうしたら人に動いてもらえるのですか?」と聞かれると、いつもこう言う。
「まあ、正論じゃみんな動きませんから。その人の気持ちをわかるようにしています。」
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