究極の鍛錬ビジネスパーソンにとって「論理的思考力」は重要であるといわれる。事実、「ロジカルシンキング」の名を冠した書籍やセミナーは腐るほど存在する。「頭の良さ」を重要視する風潮は当分続くのかもしれない。

だが、一方で「考える前に動け」であるとか、「頭の良さではなく、経験(による知識)が重要である」と主張する人々もいる。

 

果たしてどちらの主張が正しいのだろうか?論理的思考力は本当に重要なのだろうか?

 

 

この問いに関しては個人的には明らかに「知識量」だと考えている。ハッキリ言って、「論理的思考力」や「頭の良さ」など何の足しにもならない。高度な状況判断、迅速な意思決定などはいずれも「論理的思考力」ではなく、「膨大な知識」から生まれるものだ。

「究極の鍛錬」という本に、このような話がある。

 

 

”1957年、「知識を全く持たなくても、論理的思考力があれば問題解決ができるか?」という問いに対して、次のような実験を行った。それは、コンピュータでチェスプログラムを成功させようとする試みだった。

知識が重要ではないアプローチを用いる場としてチェスは完璧だった。コンピュータにチェスのルールとゲームの目的をプログラミングすれば、その恐ろしいスピードと推論の力を自動的に発揮し、どんな人間もかなわないはずだからだ。

機械の勝利は確実だと思われた。

しかし、悩ましいことに人間のほうが勝ち続けた。それは大きな問題だった。なぜならチェスの研究者の推定では、どの局面でもトップランクのチェス競技者は一手を考えるのに15秒を要する。一方、コンピュータは一秒間に数千手を推定することが出来た。

では、なぜ人間が勝てるのだろうか?とてつもない優位性にもかかわらず、なぜコンピュータは負けたり引き分けたりするのだろうか?

答えは、人間はコンピュータが持っていないチェスの知識を持っているからだ。それは多くの異なる特定の状況の中で、名人がそれまでどのように駒を動かしてきたのか、それぞれの動かし方でおよそどのような結果をもたらすのかといった、チェスに関する膨大な知識を持っていたのだ。”

 

 

研究者たちの出した結論は、次のようなものだ。

”どのような人工知能でも、最も重要な要素は、知識である。”

 

 

これと同じようなことがビジネスにおいても言える。つまり、

”最も業績の良い企業の多くが、一般的な経営能力よりはむしろ業界固有の知識を深く持つことが大切だと認めている”

のである。

 

 

 

ロジカルシンキングも悪くないが、そんなことをしているヒマがあったら専門知識の一つでも憶えるべし。

達人はロジカルに考えない。達人は、膨大な知識に裏打ちされた、論理によらない理解を行う。これを「直観」という。