少年サッカーの指導に携わって私はとても驚いたことがある。
それは、大人がサッカーの本質を理解していないという事実と、大人が教育の本質を誤って理解しているという事実である。
ピッチの外からあれこれ子供に指示をする大人たち
少年サッカーの大会などに出かけるとピッチの外から大きな声で子供達に「ボールが来たら蹴れ~」「走れ~」「あそこにパスしろ」「シュートを打て」などという声を発する大人が多い。
親や親戚などの応援であればまあいいかな、と思う。
しかし、驚くべきことにこのような振る舞いをするコーチや監督が実に多い。サッカーというのはピッチに立った人間が自分で考えて、判断して、決断して、表現していくものなのである。
つまり、そういった振る舞いをする指導者は「サッカー選手の第一歩はピッチで自立すること」を理解していないということになる。
海外の強国との決定的な差
少年サッカーの国際大会が日本で行われた時、私は海外の子供達のピッチでの姿に圧倒された。
ブラジルの名門クラブ、アルゼンチンの名門クラブ、スペインのバルセロナのジュニアの子供達を見て感じるのはピッチでの圧倒的な表現力、自立した選手達の姿だ。
ピッチの外で大人が大きな声で指示を出し続ける日本の少年サッカークラブ。
一方でピッチ内の子供達それぞれが活発なコミュニケーションを繰り広げる海外のトップクラブ。
この差は深刻だ。サッカーの本質、教育の本質を大人達が理解し育んでいかなければならないのだと思う。もちろん日本にも素晴らしい指導者はいる。しかし、まだまだマイノリティなのである。
思考停止する子供を量産する大人
サッカーを指導する立場の人間が、子供を思考停止させている。
サッカーも進化し続けている。いままで指導者が培った経験や価値観を子供達にただ押し付ける。これではダメだ。
時代が変化し続ける限り、人も変化し続けなければならない。これまで培ってきた大人の価値観などすぐに通用しなくなる。それを受け入れられない大人が現場のマジョリティだ。
サッカーの本質を理解しようとせず、学ぼうともせず、変化を拒み、培ってきた既得権を頑なに誇示し続ける。これはサッカーに限らず、もしかすると日本という国が抱える問題なのかもしれない。
大人の指示がなければ自分で判断できない子供。これではサッカーが強くなるわけがない。
サッカーも人生も創造していくもの。それを育むこと。
サッカーを子供に教える上で大切なことは形ではなく中身だ。形を一生懸命教える指導者が多すぎる。
どんなに戦術を理解していても、どんなにサッカーが上手くても、どんなに頭が良くても、目の前の子供の本質を見ることができなければ、指導者と呼ぶにはあまりにもおこがましいと私は思う。
我々は新しいものを受け入れる柔らかさがなければならない。子供は常に想像し、創造しようとしている。サッカーを教えるということは、その子の持つポテンシャルを引き出すということだ。もっと想像させ、創造させねばならない。
サッカーの本質を追求する旅はつづく…
【筆者プロフィール】
KEI IMAI
桐蔭横浜大学サッカー部時代に風間八宏氏(現川崎フロンターレ監督)にサッカーの本質を学び、同時期にスエルテジュニオルスで育成年代のサッカーの指導に携わる。
その後半年間、中南米をサッカーしながら旅をし帰国現在都内で働きながらブログ「大人になってから学ぶサッカーの本質とは」を運営し、育成年代の現場の取材、指導者や現役選手にインタビューをしサッカーの本質を伝える活動をしている。
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