私と同世代の方は覚えている方もいらっしゃるかもしれないが、1990年代後半に「ムーノーローカル」という個人サイトがあった。
内容は褒められたものではなく、大抵は教師や警官の不祥事、わいせつ事件、学校の窓ガラス破壊の枚数をカウントする、など、ハッキリ言ってどうでもよいようなニュースばかりを集めた「どーでもいいトピックス」というコーナーが人気を集め、当時としては他に類を見ないアクセスを集めた。
当時は、いわゆるネットサーフィンが流行り始めた時代であり、テキストベースの何の装飾もない数々のページがよまれ、その中の一つのサイトとして、私もたびたび閲覧していた。
そして、2001年に作者の予告通り、ムーノーローカルは閉鎖された。残念に思った人も数多くいたと思うが、数あるサイトの中の一つが閉鎖されただけであり、それだけでは私の記憶に残らなかったに違いない。
しかし、この閉鎖が記憶に残ったのは、作者が残した「ムーノーローカルの作り方」という最後のコンテンツの出来栄えが良かったからだ。(長い、読みにくいので注意)
作者であるrhyme氏は、「ムーノーローカル」という人気サイトをどのような意図で作ったかをこの中で述べている。若干の自己陶酔感が随所に見られるが、メインコンテンツの「どーでもいいトピックス」の作り方は、ブログを運営する際にも非常に参考となるものが含まれていた。
いくつか抜粋してみよう。
・「オルタナティブな視点の提供」を行う。たとえば価値の逆転など。「あらゆる報道とは客観的な正しさに基づいて表現されているし、当然そうされるべきである」という読み手側の盲目的でしかも無意味な誤謬と、それが何か自分たちの美点であるように感じて祭り上げてしまっている書き手に対するアンチテーゼ。
・いわゆる「毒舌」を目指してはいけない。それは常識の裏側にある「場合が多い」というだけである。
・つねに読者からの批判を想定して、その批判に対して答えの提出できることだけを書く。
・反論の余地を放置しない。それは文章として美しくないからである。どうしても文章から反論の余地を消せないなら、その余地を隠蔽するために、読者の視点を別に逸らすべきである。
・読者にはいつも優しくあるべきである。しかし、読者の意見を無批判にうけいれてはならない。自分には目的と意図があるのであって、それと読者の意見を照らし合わせながら行動せよ。素晴らしい指摘には従うべきである。
・勝手に更新を休まない。必ず毎日更新する。病気になっても仕事や勉学が忙しくても、絶対に更新し続ける。休むなら一年に一度か二度、それも一週間などの大きな単位で休む。決して頻繁に、何度も、不定期に、休むべきではない。機械の故障などでも、友人などがインターネット接続環境を持っているなら、使わせてもらって更新するなどの努力を怠ってはならない。どうしても休まねばならない事情が発生した場合は、読者に謝罪する。休む理由についてくどくどと言い訳をしない。かといって「ちょっと忙しくて更新できません」というのは恥と考えるべきである。サイトよりも自分の生活の方が重要だと語っているのと一緒だから。それは読者にとってあまりうれしいことではない。
・最低でも1年間は連続更新するつもりではじめる。どんなにヒットが伸びなくても、どんなに人生が辛くても続ける。できないのであれば、はじめからムーノーローカルを運営してはならない。軽はずみで始めることは悪くなく、むしろ好ましいが、軽はずみに辞めてしまうことはあってはならない。
若干わかりにくい記述が多いが、要は気取った常識と異なる視点を記述すること、読者の視点を意識すること、更新を続けることなどが述べられている。
我々がやっているようなブログはいわゆる「公式のメディア」ではない。せいぜい「一個人の戯言」にすぎない。だからこそ、自由に書くこともできる。そういった文章を記述するときには、公式のメディアとは異なった規範が必要である。
「ムーノーローカル」は、本当にどうでもいいことを扱っていたとはいえ非常に優れた物書きが書いていた印象がある。
そして、その中でも特に目を引いたのは、次の一節だ。
・あきらかにエンタテインメントとして作ることを指向しているので、「やっているのは俺の勝手だ」「辞めるのも俺の勝手だ」「嫌なら見なければいい」などと軽はずみに言ってはならない。それはエンタテインメントなどではない。
書いたものを公開する、ということは、「出来るだけ不快に思う人を少なくし、出来るだけ面白いと思う人を増やす」ということをギリギリまで追求する、ということだと私も認識している。
それに従えば、「炎上」を狙ったり、「わざと人を不快にさせる」ことを書くのは、規範とは異なる行為のような気がする。
「長く読まれるブログ」を作りたいと思うのであれば、「初めて1ヶ月で10万PVを獲得した作者がやったこと」等のブログ記事を読むもの悪くはないが、「ムーノーローカル」のような視点を持つことも重要なのではと思っている。