かつて私が訪問していた会社に、面白い方がいた。その方は部門長、20名程度の部門を統括しており、私はその方の手助けをするために、その会社に月に2回程度、訪問していた。
なかなか業績もよく、その会社は非常に伸びていたように記憶している。
3回目くらいの訪問の時、その部下の方々と食事をする機会があったので、色々と会社の事を聞いてみた。
すると、何名かの人が、「部長には少し困っているんですよ」と言う。
意外だった。「どういうことでしょう?」と尋ねると、皆「部長は、すぐに「うん、それもいいね。じゃやってみて」と言うんですよ。こっちは、やったほうが良いかどうかを聞いているのに…。」
と言っている。
私は不思議に思ったので、「やりたいようにやらせてくれるんなら、いいじゃないですか。」と、言った。
しかし、皆は「でも、失敗したら全部ムダになってしまいます。部長にきちんとやり方を教えて欲しいんです。」と不満そうだ。
そこでわたしは、「ということは、部長は成果の出る方法を知っている、ということですかね。」と聞いた。
部下の方々はそれに対して、「成果の出る方法を考えて、皆に教えるのが部長の役割じゃないですか」と言った。
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なかなか難しい問題だ。
部長は自由にやらせてあげようとしているが、部下はそれを歓迎している様子はではない。
どうしてこのようなことになったのか、私は部長に話を聞いた。
「部長、部下の方々のいうことに対して、いつも、「いいね、やってみて」と仰るそうですが…」
「はい、そのとおりです。」
「それに対して少なくない方が、「部長がきちんと教えてくれない。」と言っていることはご存じですか?」
「もちろんです。いつも言われますよ。」
「それを聞いて、どう思われていますか?」
部長は少し笑った。
「そのとおりですね。私も「こうすればいい」という方法を知りません。」と言った。
「そうなんですか?」私は驚いた。
「そうです。でも、仮に私が知っていたとしても、教えないでしょうね。」
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「やり方は知らない。知っていても教えない。」と、部長は言ってます。
私は、社員の方々に言った。「やっぱり、自分で考えるしかないですね。」
すると、部下の方々は口々に言った。
「やっぱりそうだよなー」
「あの部長、やっぱり頼りにならないよね―」
「予想通りの反応です」
私が、「思ったより皆さん、がっかりしていないですね」と言うと、
皆は口々に、「もう慣れっこですよ」と言った。
若手の1人は、「まあ、やれるだけやります。後は神のみぞ知る、ですよ」と言っている。
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私は、しばらくしてまた部長にお会いした。
「最近、いかがですか?」と聞くと、
「1人、上手いことやっている者がいて、なかなか調子いいですよ。」という。「みんなに、彼から学べ、と言っています。私が教えるよりもずっといい。」
私は、「そうですか、良かったですね。」と言うと、部長はこう言った。
「安達さん、私は頼りにはならない部長です。しかし、「適材適所」はわかっているつもりです。今回の仕事のやり方も、私よりも彼が考えたほうが良いと思いました。私がやったことは、人の配置だけです。誰に、何をやらせるか、上司ってのは、それを考えるだけでいいんですよ。現場にあれこれ仕事のやり方で口を出しても、結局反発されるだけですから。」
私は一つの疑問が浮かび、こう聞いた。
「でも、成果が出るまでに時間がかかるのでは?みんなが怠けたらどうするんですか?」
部長は即答した。
「みんなが怠けることはありません。ただし、成果が出ない仕事をダラダラやらせることは絶対にしません。成果が出なければモチベーションが上がりませんので、すぐに仕事を変えます。これは鉄則です。それをしないと、たしかに社員は怠けます。」
「なるほど」
「成果があがっているうちは、みんな働き者ですよ。」
なるほど、教えなくても、信頼されなくても、部下のモチベーションは上がるのだ。