「滅私奉公なんて、無用の長物ですよ。」と、その経営者は言った。
滅私奉公を無用の長物と言い切る経営者は珍しい。私は目の前の変わった経営者を注視した。
経営者は、こう言った。
「そもそも何ですか滅私奉公って?滅私は長続きしないですよ、当たり前です。誰だって、自分が可愛い。」
私は、返す言葉が見つからず、「それはそうですが…。」というだけだった。
「いいですか、欲望や私的な目標がない人が、会社に貢献できるわけがない。これは、昔からずっと同じです。」
私は疑問をぶつけてみた。
「どういうことでしょう?自分の欲を追求したほうがいいということでしょうか?」
「まずね、自分の欲や目標がきちんとあること。それが、いわゆる「できる人」です。」
「給与の話ですか?」
「まあ、もちろんお金もそうですけど、仕事の中身もです。目標もなく、毎日なんとなく過ごすだけでは、良い仕事はできない。」
「なるほど。」
「次にそうやって頑張った結果が、会社のためになればもっとよい。それができる人は、「出世する人」です。」
「会社のためになる仕事が、良い仕事なのでは?」
「ちがいますね。会社のためになる仕事なんて、そんなの出世してから考えればいいですよ。大体、目の前の仕事を一生懸命やるだけでもいいんです。それがやりきれれば、会社のことなんか考えなくてもそれなりに出世します。」
「そんなもんですかね」
「出世している人は、ほぼ例外なく、自分の欲望と、会社の要求が一致していた人ですよ。」
「…。」
「そして、自分が会社のためにやったことが、世間のためになればなおよし。それができる人は、「会社を大きくする人」です。」
「面白い分類ですね」
「そうでしょうね。私はね、最初から皆が「会社を大きくする人」じゃなくていいと思っているんです。自分の幸せのために、会社をきちんと利用できる人。最初はそれでいいんです。これは重要なことです。」
「なぜですか?」
「自分が幸せになったら、絶対人のことも幸せにしたくなるからです。だから幸せな人だけ出世して欲しいんですよ。そしたら、会社は自然に大きくなる。それが、人を育てるってことです。」
「ふーむ。」
「だから、「自己」がきちんと確立している人が欲しいですね。人生の目標がきちんと定まっていて、それに向かって邁進する人。逆に、何も個人的な目標がない人は、採用したくありません。滅私奉公されても、逆に迷惑です。「滅私奉公したのに、報われなかった」なんて、筋違いもいいとこです。そんな人は、他に行けばいいんです。」
かつて、「会社のためでなく、自分のために働け」と本田宗一郎は言った。
「所を得る」とは、おそらく、そのようなことだったのだろう。
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(Photo:Heisenberg Media)