最近良く耳にする「データサイエンティスト」という言葉。大きなデータを扱う人たち、というイメージがありますが、一体なにをしている人たちなのでしょう?
今回は第三回データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤーを獲得した原田博植さんに、その実態と仕事観についてお伺いしました。
−データサイエンティストという仕事をなさっていると聞きましたが、いまどんなお仕事をしていらっしゃるのですか?
私はリクルートライフスタイル社のネットビジネス本部で、リクルート社の持つメディア、およびECのデータベースを活用して事業改善をしています。
具体的には、ポンパレモール、Airレジ、じゃらん、リクルートポイントなどになります。
−具体的な仕事の内容はどのようなものなのでしょう?
何が成果か、といえば2つあります。まず一つ目はwebサービスの顧客側の部分の改善。全てのサービスには改善の要となるキー・ドライバーが有ります。例えば訪問、登録、応募などです。それらの接続を良くし、ユーザーにサービスをより便利に利用してもらうことです。
もう一つは、リクルートのオペレーション側の改善です。サービスの提供側の我々がどのようにしたら適切な提案をユーザーにできるか、どんな営業トークが望ましいか、そういったことに対して提言をする仕事です。こちらは広義でいう社内コンサルタント業務になります。
−まるで事業責任者ですね(笑)それでは、データサイエンティストの業務で困難なところは、どのようなところでしょう?
なんといっても、データが示すことに対する「解釈」と、その解釈に対する「納得感の醸成」です。数字はあくまで数字でしかなく、その数字にどのような意味を与えるかは人間次第です。
100人いれば、100通りの解釈があります。そして、そこの中から「何を選択するか」、すなわち意思決定は社内政治などの力学で決まります。だからこそ、この仕事はコミュニケーションが一番難しい。
データサイエンスはまだ社内の役割として、完全に醸成されているわけでもありません。したがって、不信感を持つ人も数多くいます。あたらしい仕事はコミュニケーションを大量に必要とします。
−データを扱うのに、納得感の醸成が大事、と言われる方は珍しい気がします。厳然たる事実を突き付けて、「感情や思い込みの入る余地はない」と言うのがデータサイエンティストかと思っていました。
そうですね、そう思われる方もいるでしょう。でも事業が変わることを重視したからこそ、データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤーを頂いたのだと思います。
結局ユーザーの動きを全て定量化でききるわけではありませんから。例えばFacebookに「いいね!」ボタンがありますが、いいね!にも3種類以上あると思っています。例えば
- 営業いいね!
- ノルマいいね!
- ほんとうにいいね!
これは、表に出てくる情報ではないため、区別がつきにくいのです。だから本当は言い切れないことも多い。「言い切れない」というスタンスは統計学のコンセプトにも共通します。
これらは土臭い、エレガントではないものです。逆に論理的にスパっと言い切れないから、実務の学問とも言えます。
したがって、意思決定者と分析者の解釈をシンクロさせる時に重要なのは、分析者の分析に対する確信です。腹から信じている。ということで合意形成される。要は、事業を動かすのは他のあらゆるディールと同じく、自分の腹決めだということです。
−他にも困難なことはありますか?
二つ目は、長期的な成果と、短期的な成果のバランスをとることです。確かにユーザーの導線を変えたり、要素の配置を変更したりすればユーザーにある程度は意図した行動をしてもらうことはできます。
でも、ユーザーを煽って買わせても、長期的には焼き畑のように信頼を失うだけです。後で「うまいこと買わされたな」と思われることは、サービスのブランドを毀損することに繋がります。手段を選ばなければ、なんでもできますが、そういうことはしてはいけない。
モラルも大事。成果も大事。これはブランドを持つ会社にとって、建前でなく本質的なことです。
−なるほど、バランスが難しいですね…。ところでどうして「データサイエンティスト」という変わった道に入られたのですか?
そうですね、少し経歴をお話しますと、私は今の会社は4社目なんです。
最初はシンクタンクでアナリストとして、様々なデータの分析をし、白書を作っていました。分野としては非接触ICや、電子ペーパー、生体認証などです。当時はSuicaもなく、iPadなどもありませんでしたから、かなり早くからおさえていたと思います。
おかげさまで白書としてはベストセラーになりました。この体験は自分にとっては大きく、リサーチや分析は、何かしらの成果や業績、組織への貢献に資するものではなければいけない、と考えるようになりました。
ここで約8年働きましたが、1つ、危機感を感じるようになりました。それは、「ITを覚えなければ」というものです。当時は「データ爆発」と言う言葉が使われていましたが、マーケティングの概念が変わってきているように感じました。
当時在籍していた会社では、プログラミングなどの実務はアウトソースし、リサーチ設計だけに集中しろ、という方針だったもので、このままでは時代の流れとズレるな、と思い…IT業界に転職したんです。
−どのようなところに転職されたのですか?
webシステムのインテグレータです。プロデューサ、ディレクター、デザイナー、プログラマ、ウェブ系の全職種の方がいました。そこで1年半、猛烈に勉強しました。ほとんど毎日、日が変わるまで働いたと思います。おそらく1年で3年分の仕事は経験したのではと思います。
私はプログラミングに関しては素人だったので、リサーチャー、兼ディレクターとして仕事をしました。具体的には、今で言うUI、UXのコンサルタントのような仕事でしょうか。
中でも一番印象に残っているのが、ユーザビリティテストを担当した時のことです。アナリストとしてのキャリアを評価されたのだと思います。「人の行動」のログを取り、それをある程度定量化できる、定性情報を、定量的に落とし込む仕事は非常に面白かったです。
ただ、残念ながら会社としては手間がかかりすぎて、あまり商売としてスケールしなかったのです。結局、会社がユーザビリティテスト単体での収益化を断念し、ウェブ制作のプロセスの一部にウェブコンサルティングとして吸収する決断をしたので、事業吸収のタイミングで社長と話し合い、発展的解消として次の職を求めました。
−どうやって職を探したのですか?
そうですね、それまでやっていたアナリスト、コンサルタントという仕事は、事業主側ではなかったので、事業主になりたいと思いました。
大企業へのあこがれは微塵もなかったので、当時アメリカで大きくなり始めていたスタートアップの日本法人、当時は立ち上げて数ヶ月だったのですが、そこに入ることにしました。その経営者の思いに賛同するところがありましたので、それが決め手になったと思います。
−そこではどのようなお仕事をなさったのですか?
とにかく立ち上げて半年も経たない外資系ベンチャー企業だったので、やることは全部やりました。
営業や審査などの部署があったのですが、全部署のKPIの設計をし、自分の席に戻って、SQLを書きました。コンバージョン率、獲得単価、あるいはデザインの本数やwebページの生産量など、あらゆる指標を扱っていたと思います。
この時に、「データを使って会社の成長に貢献する」という実務をゴリゴリやっていました。データサイエンティストの前身のようなことです。結果的に、その会社は急成長して、私が入った時に比べて、何十倍もの規模になりました。その成長を見ることができたのは、良かったと思います。
−なぜ、現在の職場であるリクルートに移られたのですか?
はい。会社が大きくなり、株式公開が現実的になってくると莫大なお金を手に入れるチャンスが出てきます。そうなると、目的の違う従業員が協働する状態になり、よほど企業文化に注意を払っているスタートアップでないと社内に混乱が起こり始めます。
いつしか持続的でない短期目標をクリアすることに急き立てられるようになってしまいました。
そんな時、かねてより勉強会で御縁を頂いていた方から、リクルートの求人を紹介されたのです。そこから色々な方とミーティングを重ねるうちに、リクルートの良さをしることになりました。ブランドを守るためにかなり丁寧に仕事してるな、という新鮮な驚きもありました。
−この仕事の何が魅力的ですか?データサイエンティストを志す方に、メッセージをお願いします。
やっぱり、デジタルデータで、人の心に迫ることの面白さはあります。もちろんデータで全ての事業課題が解決するはずがないですし、意思決定が全て置き換わるはことは絶対に無いでしょう。
ただ、できることは確実に増えてきます。この仕事はAIの基礎となる技術にふれたり、社会の変化の最前線にいられるなど、とてもエキサイティングな職域なので、是非興味を持って頂けたらと思います。
−原田さん、ありがとうございました!
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