a0002_005786地下鉄に乗るために、プラットフォームで待っていると携帯が振動した。昨日最終選考を受けた企業からのメールである。「もしかしたら」と思い、彼はメールを開いた。

「残念ながら、今回はご希望に添いかねます。今後のご活躍をお祈りいたしております」

 

今回もダメだった。もう8月も終わるのに、未だに就職が決まっていない。

同じゼミやクラスの友人たちのほとんどはすでに就職が決まり、楽しそうに夏休みを謳歌しているのに、自分は足を棒にして企業を回っている。

「ちくしょう」

思わず悪態をついてしまった。「なんで、内定がもらえないんだろう」

両親は相変わらず、「頑張って、納得の行く会社に行きなさい」などというが、納得も何も、入って良いと言われた会社すら、まだ1社もないのだ。

なんでうまくいかないんだろう。たった8ヵ月前までは、「就職なんて、簡単さ」と思っていたのに。

 

地下鉄が来た。彼はそれに乗り込む。

「今日は大丈夫さ、しっかりと練習してきたから」、と彼は自分を勇気づける。

電車の中に人は少ない。まだ帰宅には早過ぎる時間だ。

かれは、昨日の最終選考のシーンを思い出した。

 

あの時、相手は社長だった。社長は面接が始まるや否や、

「なんでウチに応募したの?」と聞いてきた。

本音は「雇ってくれるならどこでも」なのだが、そう聞いて気分を害さない社長は少ないだろう、

無難に「御社の子供向け玩具事業に関わりたいと昔から思っていました。小さいころ、私にとっては御社の製品が大のお気に入りだったものですから。」と答えた。

社長はそれを聞き、「そうですか、それを言ってもらえるのはありがたいですが、もう玩具は今となっては落ち目でね、今の主力事業は保育園や幼稚園向けの遊具なんですよ。」

それを聞き、自分はうろたえてしまった。

当然その後、話はあまり盛り上がらず、結果として選考にもれてしまったというわけだ。

「遊具でもかまいません」というべきだったのか、それとも「玩具を盛り上げるために頑張ります」というべきだったのか。

いずれにせよ、「想定外」の回答に自分は弱い。なんで臨機応変に回答できないのか、自分が嫌になってしまう。

 

そんなことで悩んでいるうちに、いつのまにやら今日の面接がある会社に到着してしまった。

受付で相手に到着を告げ、面接の開始を待つ。

5分…10分…今日はずいぶんと待たされる。

 

「●●さん、お入りください」

と、突然自分の名前を呼ばれた。慌てて立ち上がり、受付の案内に従って部屋へと進む。

部屋には2名の面接官がいた。2人共ずいぶんと年配のようだ。

「掛けてください」と言われ、挨拶をして椅子に腰掛ける。

 

自己紹介を促され、いつもどおりの自己紹介を行うと、面接官は少し笑って、「ずいぶんと緊張しておられるようですね、少しリラックスしてください」と言う。

冗談じゃない、この状況でどうやってリラックスしろって言うんだ。

「恐れいります」と答え、少し座り直した。

面接官は少し手元の書類に目を落とし、言った。「この時期まで就職活動をしているのは大変だと思います。まわりの方はほとんど就職が決まっているのではないですか?」

余計なお世話だと思いつつ、「はい」と回答する。

「いつから就職活動をしていらっしゃるのですか?」

「1月からです」

「他社で内定をもらっていますか?」

「いえ」

と答えて、「しまった」と思った。ここは内定ゼロとは言うべきではなかったかもしれない。

「失礼な質問だとは思いますが、お許し下さい。なぜ、今まで内定がもらえなかったのでしょうか?ご自身でどう思われますか?」

「どう思ったか?ですか?」心臓がドキドキする。

「そうです」

そんなことがわかっていたら、とうの昔に内定をもらっている。面接官はなんでこんなことを聞くのか。なんだか腹が立ってきた。

「なんでそんなことを聞くんですか。どうせ私はコミュニケーション能力が低くて、満足に話もできない人間です。正直言うと、もうどこでもいいから、雇ってくれた会社で頑張ろうと思っています。というか、それしか私に道はありません。」

 

…面接官が沈黙している。しまった、やってしまった。

「…取り乱して、申し訳ありませんでした。」

「いえ、大丈夫です。何か我々に質問はありますか?」

「いえ、特にはないですが…、一つだけ教えて下さい」

「何でしょう?」

「どうすれば、内定がもらえますか?」

面接官が笑い出した。

「そうですね、やる気があれば歓迎ですよ」

 

2日後、この会社から内定をもらった。

なぜ、内定がもらえたのか未だにわからないが、感謝している。

 

 

 

…と言う話を、先日ある学生から聞いた。

就職活動って、結局「縁」なんだなあ。

学生の皆さん、最後まで頑張ってください。