これは、ピーター・ドラッカーが著書「プロフェッショナルの条件」にて、読者に問いかけている一言である。
私は以前、冗談のつもりで「なぜ「上司は無能」なのか。Up or Outの人事は意外にも優れている?」という記事を書いたが、「上司が使えない」と感じる部下は非常に多いように感じる。
純粋に感情的な問題で「上司が嫌い」という方もいるのだろうが、これほど多くの方が上司について「無能だ」と感じるのは、何か理由があるのだろうと思える。
ドラッカーは、こう述べる。
”コンサルタントの仕事を始めてから50年以上経つ。いろいろな国のいろいろな組織のために働いてきた。
そして、あらゆる組織において、人材の最高の浪費は昇進人事の失敗であることを目にしてきた。
昇進し、新しい仕事をまかされた有能な人のうち、本当に成功する人はあまりいない。無残な失敗例も多い。もちろん一番多いのは、期待した程ではなかったという例である。
その場合、昇進した人たちは、ただの凡人になっている。昇進人事の成功例はほんとうに少ない。”
そして、彼はこう問いかける。
”10年、あるいは15年にわたって有能だった人が、なぜ急に凡人になってしまうのか?”
ドラッカーは自らの経験を元にこう語る。
”私の見てきた限り、それらの例の全てにおいて、(中略)彼らは新しい任務についても、前の任務で成功していたこと、昇進をもたらしてくれたことをやり続ける。その挙句、役に立たない仕事しかできなくなる。”
いわば、「成功体験によって、人は無能になってしまう」ということだ。しかも、厄介なことにこれは自分では非常に改善しにくい。
ドラッカーはこう続ける。
”少なくとも私の経験では、このことを自分で発見した人はいない。誰かが言ってくれなければわからないことである。
同時に、このことは一度知ってしまえば決して忘れることのないものである。
新しい任務で成功する上で必要なことは、卓越した知識や卓越した才能ではない。それは、新しい任務が要求するもの、新しい挑戦、仕事、課題において重要な事に集中することである”
無能であるにもかかわらず昇進できる人はほとんどいない。企業はそれほど愚かではない。実際、今あなたの上司に居座っている人物は、かつては「有能」だったのだ。
しかし、その上司は仕事のやり方を変えることができなかった。それ故、現在は部下から非難されている。
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私にもある尊敬する人がいた。素晴らしく仕事のできる人で、私は仕事の殆どをその人から教わった。
厳しい人であり、部下への要求水準が非常に高く、彼との仕事は常に緊張を強いられたが、仕事は非常に楽しかった。
彼は組織内部の人間関係を見抜くのが非常に得意であり、ほんの少しの会話から会社の様子を判断するという離れ業をやってのけ、そのお陰で私は事前に幾つものトラブルを避ける事ができた。
だが、事業が軌道に乗り、会社が大きく成長すると、彼への批判は次第に増えていった。
原因は非常に単純だった。彼は人の気持ちがわかりすぎることで、「社内のウワサ」に必要以上のリソースを割いてしまっていた。
彼は昇進すればするほど多くの人の「自分のウワサ」に対応を迫られ、徐々に人に対して寛容さを失っていった。
次第に彼の元からは人が1人、2人と去った。そして、人が去るごとにますます彼は頑なとなった。
私はその上司に今でも感謝しているが、結果的にこのようなことになってしまったのは残念としか言いようが無い。
「昇進は、新しい仕事のやり方を求める」のだ。一つのことが得意であればあるほど、それに囚われることは避けがたい。