新人は「叱られるのも仕事」と言われることがある。

叱られるのを恐れずチャレンジせよ、叱られても学ぶことがある、ということなのだろうが、これは上司側の都合のいい話であって、叱られたからといって、必ずしもそれが効果的であるとは限らない。

 

したがって、「新人へは大事なことを言っているのだが、聞いているのか、聞いていないのかよくわからない」という上司が多いのは偶然ではない。

なぜ、その人のことを思って一生懸命叱っているのに、効果がないのか。行動が変わらないのか。これに関しては様々な意見があろう。以下に挙げてみる。

 

 

「伝え方が悪い」派の意見

 

 

「伝え方」論は人気がある。コミュニケーションの本質を「伝え方」に求める人も多い。

確かに伝え方は大事である。伝え方がまずければ、どんなに内容が良くとも、中身を正しく理解してもらえない。いわゆる、「商品が良くても売れない」というやつだ。

「人格を否定するな」であるとか、「最初はほめろ」であるとか、色々なテクニックがある。

が、残念ながら、所詮テクニックの話の域を出ない。人の行動を変えるにはもう一歩踏み込む必要がある。

 

 

 「上司の態度が悪い」派の意見

感情的すぎたり、「上から目線で失礼な感じ」で叱られると、部下も感情的になり、上司の話を聞く気にならない。

また、「理不尽さに耐えることも仕事だ」と信じている上司は部下に対して理不尽を押し付けることをためらわないので、これも上司と部下の関係は悪化するだけだろう。

だが、上のような状態だからといって、単に「上司が態度を改めれば部下が話を聞く」のかといえば、それだけではないだろう。「失礼でない態度」は必要条件であり、これで十分なわけではない。

上司の失礼でない態度は重要だが、それは「当たり前のこと」としてやっておかなければいけないというだけだ。 

 

 

「部下が変わるべき」派の意見 

基本的に、上司に落ち度はない。部下が変わるべきであると主張するものだ。

しかしこれは「正しいが役に立たない」意見の代表格だ。

そもそも部下を変えるために叱っているのであるから、これを言ってしまっては単なる言葉遊で、何の解決にもならない。

 

 

「部下への思い入れが足りない」派の意見

あなたが本気でないから、部下が変わらないのだ、という意見だ。

もっともである。だが、実践が難しい。常にすべての部下に対して本気で接したいと全ての上司が考えれば、世の中はもっと良くなるだろう。しかし、そういった善意をあてにする訳にはいかない。

ほとんどの上司は、普通の人間だ。弱さを持ちあわせており、人のことより自分が大事である。気に食わない部下に本気になるのは難しい。

 

 

上に記述したことは、いずれも正しい。が、いずれも一部である。物事の本質を理解するには、もう少し掘り下げる必要がある。いわゆる「素直でない新人」は叱られている時に何を考えているのか。これを正しく理解しなければならない。

 

 

リーダー 「スズキさん、ちょっとこっち来てくれない?」

スズキ 「・・・はい(なんか、リーダー怖いな)

リーダー 「昨日までにこのリストのお客さんに、電話しろって言ったじゃないか。やってないだろう」

スズキ 「・・・はい(あー、やっぱり言われたか)、忘れてました(忘れてないけど)

リーダー 「基本的なことなんだから、やらなきゃダメだよ。」

スズキ 「はい。わかりました。手帳にメモしておきます。(いま、提案書を作っているので手一杯なんだけど、電話もやんなきゃな、また怒られそうだ)

リーダー 「で、いつやるの?」

スズキ 「はい。今日の夕方やります(30分くらいで終わるかな、ミーティングの前にやっとこう)

リーダー 「このまえもこんなことあったよね?」

スズキ 「いつでしたっけ?(やべ、リーダー覚えてるよ)

リーダー 「3週間前だよ、あの時も全く同じじゃないか。」

スズキ 「そうですね(まったく、ウルサイな、提案書を作ってたのに、また時間がなくなってきた)

リーダー 「行動量が足りてないんじゃないか?最近。見込み客も少ないし。」

スズキ 「そうですね・・・。(しょうがねえだろう、こっちも一生懸命やってんだよ)

リーダー 「何が課題だって思ってるの?」

スズキ 「(面倒くさいな・・・)いや、行動量が足りてないことです」

リーダー 「そうだよな。じゃあ、ちゃんと電話しようよ。言われたとおり。」

スズキ 「はい、やっておきます。(やれやれ、やっと終わったよ、面倒くせえな)

リーダー 「(・・・あいつ、本当にわかってんのかな)」

 

 

なぜ、リーダーとスズキさんが噛み合っていないのか?

ことの本質は、「両者が自分は正しい」と思っていることにある。リーダーは、「行動量を増やせ、きちんと上司からの指示を守れ」と思っており、それが成果につながると思っている。

それに対して、スズキさんは「提案書をつくること」が正しい行動だと思っており、それが成果につながると考えている。

 

そういう意味では、リーダーも正しいことを言っているし、スズキさんも正しいことを言っている。要するに、「正しさ」の中身が違うのだ。

これは、「直接会って話せ」というベテランと、「メールで十分」という若手とが対立する構図とも似ている。

 

この際、「どちらの意見が正しいか」と言うことは問題ではない。ビジネスに絶対の正解はないし、ある行動が成果につながるかどうかは厳密には測定できないからだ。

電話したからと言って、成果につながるとは限らないし、提案書をつくったからと言って、必ずお客さんに喜んでもらえるわけではない。

ベテラン同士であれば、「どのような行動を選択するか」ということに対する共通の理解が得られやすいが、新人とベテランでは共通の見解が得られにくいので、このようなズレが生じる。

 

 

従って、上の場合にリーダーと部下で議論すべきは「上司の言うとおりやる/やらない」ではなく、「お互いの考えていることの比較」である。

 

リーダー 「スズキさん、ちょっとこっち来てくれない?」

スズキ 「・・・はい(なんか、リーダー怖いな)

リーダー 「昨日までにこのリストのお客さんに、電話しろって言ったじゃないか。やってないだろう」

スズキ 「・・・はい(あー、やっぱり言われたか)、忘れてました(忘れてないけど)

リーダー 「なぜ、重要だと思わなかった?

スズキ 「いや、重要ですけど・・・、他にやることもあって忘れてました。(たしかに、あまり重要だと思っていなかった)

リーダー 「何をやっていたの?」

スズキ 「はい、◯◯株式会社への提案書を作っていました。」

リーダー 「なるほど。重要な仕事なんだ。」

スズキ 「うーん、そう言われるとそこまででもないかもしれないですけど、明後日までに作ってくれって頼まれてるので(頼まれたらやらなきゃダメでしょ)」

リーダー 「大事なお客さん?」

スズキ 「そうですね、今営業中ですよ」

リーダー 「これは、意見がほしいんだけど、電話はあまり効果がないと思っている?

スズキ 「いや、そんなことないですよ(正直言うと電話はうんざり)

リーダー 「わかった。では、スズキさんが一番得意で、効果があると思う方法でやればいいと思う。」

スズキ 「え、そうなんですか?」

リーダー 「その代わり、いま見込み客を確保するのに効果があると思っていることを教えてもらえない?

スズキ 「・・・提案書をくれ、というお客様が結構多いので、毎回作っています(効果は・・・なんとも言えないけど)

リーダー 「どうなったら、うまくいったことになるんだ?」

スズキ 「提案書を出したら、5割は受注に繋げたいです(やべ、そこまで考えてなかった・・・)

リーダー 「提案書の提出からどの程度の期間で受注したらいいんだ?」

スズキ 「1週間以内くらいでしょうか。(希望ですけど・・・)

リーダー 「分かった。では、来週に進捗を聞くから、頑張ってくれ。もし効果が出なかったら違うことをやるんだ」

スズキ 「わかりました(・・・本気でやらないとやばそうだ)

 

 

最初の会話の上司と、この会話の上司の大きなちがいは、「やり方を押し付けている」ことと「お互いの考えていることを比較して、問題を提起すること」にある。

 

上司が言ったとおりやる人を育てたいのであれば、黙って言うことをきかせればいいだろう。

しかし、「自分で考える人」を育てたいのであれば、部下が正しいと信じていることをまずやらせるほうがはるかに理にかなっている。

上司の経験から言えば失敗することが目に見えているも多いだろう。しかし、「失敗しろ」とよく言うではないか。

 

部下は叱られている時でも、「こちらのほうが良い」「自分は違うと思う」と考えている。意見の全くない人などいない。実際は、上司がそれを言えなくしているだけなのだ。

 

 

 

 

 

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Marcel Prinoth

※本記事は「2013年5月31日 新人は、叱られている時何を考えているか」に加筆・修正を加えたものです