21a3caf09a99be53dcd0a132fd64498e_sある営業会社があった。その会社の離職率が高いことは、業界内でも有名だった。離職率50%、かなりの数字だ。具体的に言えば、「毎年半分の社員が入れ替わる」ということになる。

「人間は、つらい仕事をこなすことで成長するんですよ」

とその会社の経営者は言った。

「つらくて、逃げ出す人も多いですよ。でも、それを乗り越えた人が報われるべきじゃないですか。」

経営者は、離職率が高い、ということを全く気にしていないようだった。だが、業績は横ばい。あまり芳しくはないが、社員たちのがんばりで何とか黒字、という状態だった。

 

しばらく後、その会社にまた訪問した。経営者の様子が以前と違う。

「どうしたのですか?」

と聞くと、「困ったことが起きた」という。

詳しく話を聞いた。

「実は、ウチの幹部の一人が独立して、会社を作ったんです。そして、ウチの競合となった。恩知らずなやつです。」

「なるほど。でも、皆様の会社のほうが、商売において先行しているわけですから、それ程焦る必要もないでしょう。」

「私も最初はそう思ってました。」

「と言うと?」

「向こうは、うちの会社を切り崩しにかかっているんです。」

「どうやって?」

「社員に、「うちの仕事はつらくない。前の給与は保証する」と言って、勧誘しています。」

「ほう。そういうことですか。」

「はい、気づくのが遅かったので、かなりうちの社員があちらに行ってしまったようです。」

「…でも、向こうの仕事も同じでしょう?つらくないっていうのは、本当なんでしょうか?」

「そこなんですよ…」

目の前の、その経営者は、疲れているようだった。

 

 

経営者から聞くところでは、ライバル企業は、営業の手法を変えたようだ。これまではテレアポと飛び込みを営業の中心に据えていたが、DMとセミナー、webを中心に集客をし、「楽な営業」を標榜して人を引き抜いているとのこと。

また、楽になった分、余った時間を「顧客へのフォロー」に当て、既存客からの売上をかなり増やしているらしい。その影響で、ウチの客も競合に乗り換える割合が徐々に増加しているそうだ。

そして、競合の営業は皆、基本的に定時に帰宅しているとのこと。

経営者は言った。

「営業が定時に帰ろうなんて、間違ってますよね、安達さん」

「…。」

「仕事を楽にやろうなんて、甘ったれだ。」

「…。」

「でも、私はこれでも社長ですからね。相手のやり方を真似してやろう、と思っているんですよ。同じ条件なら、たくさん働いたほうが勝つ。そうでしょう?」

 

 

しばらく私はその会社に訪問しなかった。しかし、新年の挨拶に「業績が回復しました」とメッセージがあり、私はまたその経営者にアポイントを取った。

久しぶりに会ったその方は、ずいぶんと元気そうだった。

「お元気そうで、何よりです。」

「ご無沙汰しています。あれから大変でしたが、業績は回復しました。それを言いたくてね。」

「競合の会社はどうなりましたか?」

「いやー、今はうちが完全に勝ってますね。ウチが向こうのやり方を真似したら、たちまち馬脚をあらわしましたね。やっぱり、「楽な営業」なんて、ありませんよ。」

「離職率はどうなりましたか?」

「いやね、今はかなり離職率が低くなって、いまは10%台ですわ。成果が出てれば、結局みんな辞めないんですよ。」

「ふーむ。凄いですね。」

「でしょう?こればかりは、競合に学びましたよ。要するに、「成果が出ていないのが、全ての元凶であって、楽ができるかどうかどうかは、あまり関係ない」ってね。」

「ほう、どういうことでしょう?」

「競合の方は、「楽ができる」って言っていた分、ウチが真似しだしたら社員たちが怠けだしたらしいですよ。で、結局今は楽が出来ていない、ということです。ウチは元々そんなこと言っていないですからね。みんな頑張ってくれました。」

 

 

私は、ひとつの疑問があり、経営者へ聞いた。

「社員が頑張っても、頑張らなくても、ビジネスのやり方が上手ければ、成果が上がる、とお考えではないのですか?」

経営者はニヤリと笑って言った。

「そりゃそうでしょう。でも、われわれがやったように、ほとんどの会社はすぐに真似して追い付いてきます。その時に社員に怠け癖がついていたら、逆に負けてしまう。」

「…。」

「会社には、「つらくても頑張る」という選択肢しか無いのですよ。」

「…。」

「「圧倒的な差別化」なんて、今の世の中、ありえません。絶対に競合はいますよ。そして、もしそういった強みがあったとしても、それが維持できるのはせいぜい5年程度でしょう。いいですか安達さん、繰り返しますが、「つらくても頑張る」以外の選択肢はありません。」

 

 

 

 

2年後、残念ながらその会社がなくなったことを知った。聞くところによれば、「外資系のメーカーが持ち込んだ新しい技術に、扱っていた製品が駆逐されてしまった」とのこと。

「つらくても頑張る」という経営者の声が今でも思い出されるが、市場は無情、頑張るだけでは成果は出ない。

 

 

 

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