ある会社員がいた。彼は長いこと会社に勤め、組織に貢献しそれなりの地位を手にした。

彼は仕事を愛していたが、嫌なことが一つあった。それは部下を叱責することだった。仕事とはいえ、気分の良いものではない。だが仕事は仕事だ。

 

 

3カ月前くらいの事だった。彼は経営者から言われた。

「おい、あいつをどう思う?」

「最近、元気ないですね、成果もあまり出ていないようです。」

「そうだろう、あいつは最近、ウチの会社の方針にそぐわない行動ばかりしているからな。」

「例えばどんなですか?」

「テレアポの回数が足りなかったり、社内の会議でもまったく発言しない。やる気が無いんじゃないか。」

「そうですね。…まあやる気が無いのかといえば、事情がわからないのでなんとも言えないですが」

「いや、成果が出ていないのが、やる気が無いことの証だ。とにかく、あいつはウチの社員にふさわしくない。」

「はあ」

「まわりに悪影響を与えるからな。早めに対処してくれ」

「…わかりました。」

…これで昨年から通算して3度めだ。社長はだらしない社員がいると暗に、「クビにしろ」と言ってくる。

 

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最初は戸惑った。が4回めともなれば、もう慣れっこだ。彼はひとまず話を聴くことにした。

話を聴くと、どうも彼は成果が出ない理由を名簿にあると言っているようだ。

 

「そうか。いい名簿が来ないから成果が出ないのか。」

「……はい。名簿の質が低いので、アポが取れないんです。」

 

名簿の質はそれほど人によって変わらないはずだ。彼は自分の行動力の不足を、名簿の責任にしているのだろう。だがそれを議論しても今は始まらない。

 

「…わかった。」

「もう話はいいでしょうか。」

「もう一つ聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「今朝「お前のヤル気が感じられない」という話を聞いた。」

「誰からですか?なんででしょう…。」

「テレアポの回数が足りなかったり、会議で発言しなかったりしているから、だそうだ。それは事実なのか?」

「テレアポはきちんとしていますよ。」

「そうなのか。昨日はどれくらいやったんだ。ちょっと記録を見せてみろ。」

「50件くらいです…」

「1日100件が目標だろう。」

「で、でも昨日はお客さんから電話がかかってきて、それに対処しているうちにテレアポの時間を過ぎてしまったんです。」

「時間を過ぎたから、テレアポしなかった…と。そういうことか?」

「そうです。」

 

困ったやつだ。これだから社長に睨まれるんだよ。

 

「今のままでいいのか?成果があがってないと、営業としてはつらいぞ。給料も上がらない。特に今、社長からの評価は最低だ。」

「そうですね……。どうしたら良いでしょう?」

「小細工するまえに、まずは与えられたことを100%やるんだな。社長は頑張っている人が好きだからな。」

「…はい。」

 

彼が逐一行動をチェックしだすと、その営業マンは、その2ヶ月後に何も言わず退職した。

だが、彼には何の感情もわかなかった。

「また、辞めたか。まあそのほうがいいのだろう。」

そんな気持ちだった。

 

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こうして、会社の離職率は年間20%〜30%になった。「だらしのない連中」が次々辞めているからだ。

だが奇妙なことに会社は「前向きで、成果を出す人たちだけ」になったわけではなかった。というより、最近はむしろ社長の顔色を見て汲々としている人ばかりになった。

一時的に成果を上げても、些細なミスで「気に食わない」と言われかねないからだ。むしろ目立つのが怖い。「ウチの商品の競争力が落ちてきている」と少しネガティブな事を言っただけで社長から目をつけられた人もいる。

 

もちろん、彼も、社長に睨まれたら終わりだ。

さて、どうしたものか。

……というか、このまま行くと、この会社はどうなるんだろうか。社長のまわりは俺達のようなイエスマンで固められ、役員たちもいつ社長の機嫌を損ねないかとビクビクしている。

この閉塞感は、何なのだろう。

 

 

昔は自由闊達だった。それぞれの人間が、それぞれの強みを活かしあっていた。だが、いつの間にかその風土は失われ、業績とガチガチのルールに縛られ、皆は疲弊している。

社長は業績が良くないことの犯人探しばかりしており、役員は社長に楯突かず、無難に仕事をこなすことしか考えられなくなってしまった。

こういうのを「お客さんを向いていない」と言うのだろうか。

 

 

そんな時、彼は顧客から自社の噂を聞いた。

「ねえ、今あなたのところ、かなり退職が増えているらしいじゃないですか。」

「どこから聞いたのですか」

「この前、退職の挨拶に来た彼からですよ。あまり話さなかったですが、ま、退職者なんてそんなもんでしょうか。」

 

この分だと、顧客たちも内部事情をかなり聞いているのだろう。彼は諦めて、社内事情を話した。

 

「そうだったんですか。」

「ええ。お恥ずかしい限りです」

「そういえば、ウチの社長が一度話したい、って言ってましたよ。」

「どんなご用件でしょう?」

「いや、久しぶりにどうですか、って言う感じでしたが。」

「わかりました。」

 

家に戻ると「転職エージェント」からメールが届いていた。

「辞めた同僚からの紹介」らしい。なるほど、退職者が多い会社には、こうしてエージェントが集まってくるのだな、と妙に感心する。

「たしかに、そろそろ潮時かもな。」

彼はそうつぶやき、先ほど訪問した会社の社長宛に会食の日程調整のメールを出した。

 

 

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1年後、彼は別の会社で働いていた。あの会食に誘ってくれた社長の会社だ。

前職の給与には若干及ばなかったが、なによりもこの会社は居心地が良い。仕事のやりがいも徐々に出てきた。やりがいなんてものは、どこでも得られるものなのだ。

 

彼は時々、前の会社の噂を聞く。退職者は相変わらず多いらしい。

 「ま、もう関係ないよな。」

だが彼は時おり「なぜあの会社はきっちり社員を管理していたのに、業績が伸びなかったのか」を考える。まだ彼に答えはない。

 

 

 

 

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(Gordon Thomson)