なぜ、新卒は1年も経つとやる気を失うのか。なぜ若年者の離職率が高止まりしているのか。その理由は「成長イメージのギャップ」にある。もっと言えば、「人間はすこしずつしか成長できない」にも関わらず、会社側も、新人も、「人は一気に成長する」と考えているところに、ギャップが生じる。
例えばこの質問に答えて欲しい。
今やっている仕事は、一人前になるためにどの程度の時間がかかるだろうか?
半年?1年?それとも5年?
実際は、「一流」と呼ばれる人々の経験を分析すると、集中した修練を1万時間、あるいは10年以上の経験を必要とするという調査がある。
極論を言えば、3年やそこらで身につけることのできるスキルは、「特別な」スキルではない。まして、「1日15分で2週間続ければXX!」などという売り文句は、キャッチフレーズ以外の何物でもない。
ところが、現代は「我慢」を否定する。
いろいろな物の影響が考えられるが、例えばゲームの主人公は「パワーアップアイテム」を取れば直ぐに強化される。ゲームの主人公を強化するのに必要な時間は、そのゲームをやりこんだとしても、せいぜい100時間だ。
マンガや、映画でもそうである。「たぐいまれな才能を持った主人公が、努力することで頂点を極める」というストーリーが人気を博すことが多いが、そのストーリーの殆どは、「宿敵との戦い」や「危機からの脱出」というクライマックスの連続に当てられる。「地味な修行」にページを割いても、人気は出ない。
TV番組も同じようなコンセプトで作られる。「いかに飽きさせないか」、「いかに引っ張るか」が中心になり、「あることを理解するには、我慢して勉強することが必要である」と視聴者に要求する番組は殆ど無い。
地味な修行をしたい、見たいと思う人など、ごく僅かだ。もちろん、娯楽なのだから、当然である。しかし、肝心なのは「現代人は、我慢することに慣れていない」ということである。
会社に入って暫く、新人は「モチベーションの高い状態」で仕事をする。それは、「仕事がどんどん上手くなる」からである。ところが、ある程度仕事に慣れ、現場での技能に習熟してくると「モチベーションの減退」が発生する。要は「思うように上達しない」状態がやってくる。
「達人のサイエンス」の著者であるジョージ・レナードによると、この「思うように上達しない」状態は「プラトー」と呼ばれ、誰にでもある現象である。「プラトー」に達した人は、以下の様な反応をする。以下の3つのタイプは、ある物事に熟達することが出来ない人の典型的なパターンである。
1.ダブラー(ミーハー型)
飽きて、つぎつぎに違うことを始める
2.オブセッシブ(せっかち型)
プラトーに達すると、熱心に上達のための近道ばかり探すようになる。
3.ハッカー(不まじめ型)
プラトーに達すると、「これくらいでいいや」と諦める
いずれも、「熟達」を妨げる。「直ぐに転職」を考えるのも、「自己啓発本」「成功者の物語」を読みあさるのも、「所詮仕事だから」と諦めるのも、すべて「熟達」からは程遠い行動である。
「一流」になるということは、長いの修練の積み重ねにを必要とする。ビジネスでもそれは例外ではない。
「人材育成」は「直ぐに結果が出る」ようなものもあるが、長期間を必要とすることも数多く存在する。また、そういった長期間の修練は「感動の毎日」でもない。地味な仕事と反復、反省を、ひたすら繰り返すことに耐えなくてはいけない。
人材育成の「効果測定」をしたいという企業は多い。しかし、「教えたら伸びる」という時期は短い。むしろその後が重要であり、「伸びない時期」をいかに我慢してやり続けるかどうかが問われる。
新卒に教えることは楽しい。相手がどんどん上手くなるからだ。しかし、新卒も1年も経てば「プラトー」に達する。本当にケアが必要なのは「上達しない期間」であり、「ある程度一人で仕事が出来るようになってから」なのだ。
もちろん、人間関係や賃金の安さなど、新卒が急速にモチベーションを失う理由は他にも数多くあるが、転職を考えるきっかけは、長い長い、仕事が上達しない(ように見える)期間にやる気を保ち続ける事ができない、インスタントな成果だけを追い求めるその姿勢にあるとの指摘も、的外れではないだろう。