ある会社に訪れた時、新人の社員の方から、「みんな、社長はエライって言ってますけど、なんでエライんですか?」と聞かれた。
なるほど。社長はエライのか?これは結構難しい問題だ。
私はとっさに答えが浮かばなかったので、その新人さんに、「私は答えを持っているわけではないけど、どう思いますか?」と聞いた。
新人さんは、「社長が普段何をやっているかよくわからないので、なんとも言えないんですが、みんながエライ、って言っているんだから、エライんでしょう。でも、理由はよくわかりません」と言った。
私は「みんなって、誰?」と聞いた。
新人さんはおずおずと、「誰って、特定の人ではないですけど、ほら、部長とかも社長におべっかを使っているし、社長が通りかかったらみんな愛想よく挨拶するじゃないですか。エラくない人にはそんなことしないですよね。少なくとも僕には誰も頭を下げないわけだし。」
そのとおりだ。
「かといって、部長とかに「なんで社長はエライんですか?」と聞いたら怒られそうじゃないですか。「あたりまえだ」って。」
「なるほど、たしかにそうですね。」と私も頷いた。
と、私はふと思ったので新人さんに聞いてみた。「じゃあ、どんな人がエライと思いますか?」
新人さんは戸惑っていた。「うーん…そうですね…」
私は新人さんが考えこんでしまったので、「例えば誰か尊敬する人はいますか?」と聞いた。
「はい、私はお世話になった大学のゼミの先生を尊敬しています。」
「なぜですか?」
「はい。面倒見が良くて、別け隔てなく学生に接してました。困ったときには先生に聞きに行けば、大抵のことは解決したものです。研究も上手くいって、本当に感謝しています」
「ずいぶんといい先生だったんだね。」
「はい。でも厳しいとこもありまして、レポートなどの手抜きは直ぐにバレました。ひどく怒られたこともあります。」
「怒られて、どう思った?」
「研究室に行きたくなくなりました。でも、電話を何度もくれて、また研究室に行こうと思いました。」
「社長とくらべてどう?」
「ゼミの先生のほうが絶対にエライです。」
「でも、みんなは社長に頭を下げるよね」
「そうですね。多分社長に嫌われると出世できないからだと思います。」
その約1週間後、私は部長と話す機会があり、ある人から、「社長はなぜエライのか」と聞かれました。と話をした。
部長は笑いながら言った。
「私も疑問でしたよ。でも、「両親やお年寄りはなぜエライのか」と聞かれて、迷いなく答えられる人は、若い人にはあまりいないでしょう。それと一緒ですよ。」という。
「どういうことでしょう」
「親やお年寄りはエライ、と言うのは理屈ではなく、「常識」の部類に入ることだからです。社長も同じです。確かに権限はある。私をクビにもできる。しかし、「エライか」と言われればそれは別の話だし、そう思わない人がいるのもうなずける。最近はお年寄りを尊敬しない人も増えていると聞きます。若い方は特に、理由がないと尊敬できない、と言うんです。偉大な業績を上げたからエライ。尊敬できる人物だからエライ。」
「はい、そうですね。」
「でしょう。でも私のように年をとると、「とりあえず目上の人はエライ、お年寄りはエライ、社長はエライ」という前提から入るんです。そうすると、人間関係が円滑になったり、なんとなく人を大切に扱うようになる。そういうもんです。いや、若い人がどう思うかは自由ですよ」
「でも、理不尽に思わないのですか?」
「世の中なんて、理不尽なことだらけですよ。でもね、とりあえず社長はエライ人だ、と思うことは重要だとは思っています。だってそうでしょう。上の人が社長の悪口を言ったら組織が崩壊する。私は組織を守らなければいけない立場なんです。みんなが老人をないがしろにしたり、両親を敬わない世の中だったら、コミュニティや家族は崩壊しますよ。」
なるほど、そういうことか。「あたりまえ」なんですね。