ビジネスセミナー産業、というものがある。日本の企業が社員一人当たりにかける教育研修費用は年に約3万円から4万円であるから、それなりに大きな市場である。それゆえ、前に在籍していた会社では、「ビジネスセミナー」も重要な事業の一つであった。
ビジネスセミナーにほんとうに効果があるかどうかはここでは議論しない。が、こちらとしても引き受けた以上はできるだけ役に立つものを提供しなければプロとはいえない。
したがって当時、「どれだけ早く、質の高いセミナーを作ることができるか」は、会社の課題の一つであった。
さて、その「セミナーづくり」であるが、様々な作り方があろう。読者諸兄のほうがうまいやり方をごぞんじかもしれない。
だから、今回紹介するのはあくまでも「私が上司に教えてもらった」セミナーづくりの方法である。私が勝手にまとめたものなので、不備などあるかもしれないが、役に立つかもしれないので、ここに共有する。
セミナーづくりは大きく5つのステップから成る。順番に説明する。
1.主題の設定
2.資料収集
3.セミナー設計
4.セミナースライド作成
5.リハーサル、修正
1.主題の設定
セミナーづくりは主題の設定からスタートする。セミナーの主題の決定は顧客の要望によって決まるケースもあるが、ほとんどはこちらからテーマを提供し、顧客に選択してもらう形であった。セミナーのテーマは絞りすぎると集客ができないため、できるだけ一般の人が興味を持ってもらえるようなテーマにすることが良いと思う。
ビジネスセミナーで人気があるのは「管理職研修」、「ロジカルシンキング」、「話し方」などの極めて平凡なテーマである。逆に深く、狭いテーマ、例えば「キャッシュフロー計算書作成の実務」や、「t検定とカイ二乗検定を使いこなす」といったニッチテーマのセミナーは1対多のワンショットセミナーではなく、シリーズ化された個別のトレーニングのほうがよい。
また、主題はそのままタイトルになるので、キャッチも合わせて考えておくと良い。
2.資料収集
大学にいた時、論文を作成するにあたって指導教官からまず言われたのが、「その分野の論文は全て読め」ということであった。
まったく同じ指導を当時の上司から言われたのは驚いたが、セミナーをつくる上でも「その分野のセミナーに出る」ということと、「その分野で出ているビジネス書を読む」という活動は必須だった。同じテーマについて、他者が何を訴えているか、皆が共通して抱える課題はなにか、どういった解決策が一般的か。それをすべて最初に調べ上げることがセミナー作成の第一歩だ。
ちなみに、ウェブでも調査は行うが、殆どの場合本やセミナーに比べて掲載されている内容が薄い。したがって、ここにはある程度のお金と時間がかかる。初期投資なのだ。一般的なテーマであれば少なくともセミナーは4,5個ほど、本は20冊から30冊程度は調査するべきだ。
3.セミナー設計
セミナー設計はもっとも時間がかかり、かつ重要な仕事だ。我々が行っていたセミナーの設計は以下のようなものであった。この順番にそって、具体的なセミナーのストーリーを決めていく。
1)導入部
セミナーの参加者を引き入れ、主題に興味を持ってもらうためのパートである。笑いを取ったり、講師を紹介するのも大事だが、セミナー作成上もっとも重要なのが「セミナーの定義」である。端的に言えば、「このセミナーは◯◯について伝えますよ」という事を参加者に知らせなければいけない。
セミナーの範囲を定義するためには「セミナーで使う言葉の定義」と、「セミナーが終わった時に得られるもの」について正確に伝える必要がある。これを怠ると、セミナーの満足度が下がる。
例えば「ロジカルシンキング」のセミナーを作るとする。最初にやるべきは、「ロジカルシンキング」という言葉の定義と、「ロジカルシンキングができると、何が得られるのか」を正確に伝えることである。
2)事例の紹介
ビジネスセミナーの参加者の多くは、「参加したら、何かすぐに役に立つものを持って帰りたい」と思い、セミナーに参加する。ただ、導入部の「何が得られるか」を伝えるだけでは具体的イメージが浮かびにくい。
そこでよく用いられるのが、「事例」である。各社で実際にどのように結果が得られたのか、どのようなシーンに活かせるのか。それを伝えることで参加者のモチベーションを高めるのである。
3)問題提起
事例を紹介すると、参加者は「やってみたい!」と思うようになるが、まだ懐疑的な人物もその場にいる。そこでつぎに紹介するのは「現場あるある」だ。
「でも、やろうと思っても、◯◯が邪魔で実行できないのでは?」
「◯◯でうまくいかないことも」
「言うのは簡単だけど、やるのは難しいですよね」
と宣言し、懐疑的な参加者に同調する。ここでようやく参加者全員が「話を聞く準備」ができた状態になる。
4)原因分析
そこで「なぜうまくいかないのでしょうか?」と、参加者に問いかける。ここは参加者にも考えてもらったほうが後々同意が得られやすい。場合によってはワークショップなどを設定し、参加者同士で議論してもらうこともある。
そして最後にこちらの考えている原因を提示するのだが、注意しなければならないのが、ここはできるだけ「客観的なデータ」を揃える必要がある。統計や現場でのヒアリング調査の結果などを活用し、できるだけ理論的に原因と思われる事象をはっきり提示する。
またデータがない場合は有名人や学者の言葉の引用をすることもある。いずれにせよ、原因分析は説得力が重要だ。ここで納得してもらえなければ解決策の提示に進むことができない。
5)解決策の提示
そして、最後に「解決策」が提示される。これがすなわち、「セミナー参加者が欲しかったもの」である。
注意点として、「すぐ実行できること」を中に含めておかなくてはいけない。殆どの会社における課題は複合的な要因で解決することが難しいが、それでもセミナーで得られたことがすぐに使えればセミナーに価値を感じてもらえる。
手法はシンプルに、そして、できればきちんと「ネーミング」をする。「ネーミング」は覚えてもらうためにも、そして、一連の作業をパッケージ化し、人に伝達しやすくする観点からも重要だ。
セミナー講師が◯◯メソッド、◯◯法、など、解決策に象徴的な名前をつけることが多いのは、このためである。
また、無料セミナーなどであれば、ここで商品紹介が入る。1)から4)が説明されていれば、商品紹介を受けても「売り込み感」が低くなるからだ。
4.セミナースライド作成
設計が上手くできていれば、スライドの作成はそれほど面倒ではない。ここで必要なのはデザイン力だ。ただし、設計からデザインまでを一貫してできてしまう人は非常に少ないので、ここは外注したり、別の得意な人に任せてもいい。
ここで一番肝心なのは、「しゃべろうとしていることを、全部スライドに載せないこと」である。初心者のやりがちな間違いとして、セミナーでしゃべろうとしていることを、全部スライドに載せてしまう、ということがある。
リハーサルなどで試してみて欲しいのだが、実はセミナーのスライドは、「文章や絵」が少なければ少ないほど良い。参加者が講師の話に集中できるからである。行使のスキルが低いうちはスライドの情報量が多いのは仕方ないが、熟練のセミナー講師であればスライドがなくてもセミナーはできるのだ。
5.リハーサル、修正
最後に行うのがリハーサルと、セミナー設計の修正である。肝心なのは、「必ず、他の人に見てもらうこと」である。セミナーを作った人物は何遍もスライドを見返しているため、「初めてこのスライドを見る人がどのような気持ちか、何を見るか」ということについて、もはや想像することができない。
どんな設計も一度で完璧ということはありえない。初めてこのスライドを見る人、に意見を沢山もらおう。そして、必要に応じて設計を変える。修正は設計と同じくらいの時間が掛かるが、そのくらい精査しなければよいものは作れない。
「セミナーの作り方」は以上である。社内向け、社外向けいずれにも使うことができるが、基本的に「社外向け」のセミナーを想定している。社内向けであればここまで厳格に作らなくても良いと思うので、さじ加減は調整してみて欲しい。
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