以前の職場は、中小企業の経営者とお話する機会が非常に多かった。実に様々な個性を持った方がおり、立派な人、卑屈な人、金に執心する人、公明正大な人、ありとあらゆる方がいた。
その中で一つ心に残っている話がある。
その会社はシステム開発を行っている会社だった。営業はほとんど社長がやっており、社員は全員技術者であった。
かなり技能の高い技術者もおり、業界ではそれなりの評価をもらっている方もいたが、大半の社員は「普通の人々」であり、特になにか強みがあるわけでもない。
多くの仕事は大手のシステム開発会社への技術者派遣と、受託開発で、いわゆる「下請けIT業」というものだった。
私は、多くの「下請けIT業」を見てきていたので、そういった会社の課題をある程度は知っていた。多くの会社では、問題は3つほどに集約される。
1.社員の会社に対しての帰属意識が薄い、すぐに辞めてしまう。
2.単価が低い
3.良い技術者が取れない
この会社の社長へ課題をお聞きすると、やはり同じ答えが返って来た。
私は「予想通りだな」と心のなかで思い、社長へ「どのようにしてそれらの課題に対処していますか?」とお聞きした。
余談だが、コンサルティング会社は経営者にインタビューをする際に解決策をいきなり提案したりはしない。大抵の場合コンサルティング会社なんて言うものは「胡散臭い」と思われているので、相手が何をしているのかを先に聞くのが鉄則だ。
相手が「課題だ」と思っていることについて何もしていないということはまず無い。だから、「どのようにして課題に対処しているか」という質問で、社長の課題解決への本気度合いを知る。
私のそれまでの経験では、「課題ごとに、それぞれ個別に」対処していることがほとんどだった。
社員の帰属意識を高めるために社内のイベントを開催したり、単価を上げるために技術者に資格を取らせたりと、やっていることは様々だ。
そうやって、「個別に何をやっているか」がわかれば、「もっとうまくやるための方法」を提案することができる。こうやって、私は様々な社長から仕事をいただいてきた。
しかし、この会社の返答は私の予想とは大きく違っていた。
「安達さん、この3つの課題の根っこは全部一緒なんですよ。ですから解決策はひとつしかありません」と、返事があったのだ。
私にはよく理解できなかった。3つの根っこは同じ?
「それぞれに個別に対処しても、結局根っこを抑えない限り、また同じ問題が再発するんです」と、社長が言う。
そして社長はこう続けた。
「私どものような中小IT業の最大の課題ってなんだと思いますか?」
・・・私は返答に困った。私は「よく聞く課題」は知っていたが、「最大の課題」は知らない。というか、恥ずかしい話、考えたこともなかった。
そう、私は良い営業マンではあっても、良いコンサルタントではなかった。課題を理解していなかったのだから。
私はしばらく考えたが、良い考えは浮かばない。
「社長、申し訳ございません。私の勉強不足でした。それは何か、教えていただけますか?」と言うしかない。
この時ほど、自分を未熟に感じたことはなかった。
「簡単な事ですよ。私は社員一人ひとりとひたすら時間をとって話すんです。」と社長は言う。
どういうことだ?
「帰属意識が薄いのは、この会社のやっていることの意義がきちんと伝わっていないからです。単価が低いのは顧客のニーズを捉えて、新しい事業を作れていないからです。良い技術者が取れないのは、うちの会社が平凡だからです。」
なるほど、全てそのとおりだ。でも、それがなぜ、「社員と話す」という行動になるのだろう。
「単純です、事業の意義を伝えるためには社員と話すべき、これは単純です。」
社長は続ける。
「顧客のニーズは直接お客さんに聞いても出てきません。せいぜいコストダウンしてくれ、とか、その程度です。顧客のニーズは現場の作業をやっている人間が肌で感じている情報が必要です。それには技術者がなんとなく仕事の中で感じていることを私も知る必要があります。だから、社員からお客さんの様子を聞くのです」
社長は水を一口のんだ。私も今社長が言ったことを咀嚼するのに少し時間がかかる。
「最後に、うちの会社が平凡だ、というのは、若い技術者が何を考えているか私がよく知らないからです。何を会社に求め、何を感じて、何を課題とするのか、それが分かれば、私はいくらでも特徴をアピールすることができます」
といった。
「大抵の場合、私よりも現場のほうがお客さんをよく知っています。そして、それに基づいて社員は会社へ要求するんです。「もっと良い仕事をしたい」「もっと役に立つ仕事をしたい」「社長は間違っている」とね。そして、その声が聞こえない状態は非常にまずい状態です。だって、社員のニーズもわからない会社が、お客さんのニーズを理解できるはずがないでしょう。一番近い人のニーズを捉えることのできない社長が、お客さんのことを知っている、というのはありえないですよ。」
私には、非常に価値ある一言であった。